PROFILE

京都府知事
西脇 隆俊 氏(写真右)

1955年生まれ、京都市下京区出身。2018年京都府知事に就任、現在2期目。「安心 温もり ゆめ実現」を3本柱とした「あたたかい京都づくり」を目指し、自ら足を運ぶ現場主義を貫く。

一般社団法人 京都府歯科医師会 会長
安岡 良介 氏(写真左)

1958年生まれ、京都市伏見区出身。2015年京都府歯科医師会会長に就任。歯磨き指導やオーラルフレイル対策、障害のある人への歯科治療まで「歯と口の健康」に関する幅広い活動を推進。

「口腔から考える
京の健康と未来」

体の健康を保つために大切な「歯と口の健康」。
創刊記念特別対談として、京都府と京都府歯科医師会がどのように連携しながら、
府民の健康を守っていくのか語っていただきました。

「オーラルフレイル」の予防で延ばす健康寿命

安岡会長(以下、会長):「歯と口の健康」は「心身ともに自立して、健康で過ごせる期間」を表す「健康寿命」と大きく関わるといわれています。西脇知事、京都府の健康寿命はいかがでしょうか。

西脇知事(以下、知事):京都府の健康寿命はあまりよくありません。平均寿命は47都道府県で結構上位にありますが、健康寿命は男性が19位、女性は47位と最下位です。アンケート調査なので実態を表しているのか分かりませんが、一定の根拠に基づいているわけですから、健康寿命は長いほうがいいのは当然です。平均寿命が一定程度あれば、健康寿命を延ばしてこの差を縮めていくことは、まさに我々の仕事ですね。

会長:健康寿命には男女差があり、平均寿命に比べて男性は9年ほど女性は13年ほど短いというデータも出ています。

知事:そうですね。京都府では「健康寿命が短い」というのが4~5年前からの課題で、何とかしようと取り組んでいます。ちなみに健康を維持するためには「運動」と「睡眠」と「食事」が大事といいますが、特に食事に関わる口腔のケアは、全身の健康とどのように関係するのでしょうか。

会長:人の手を借りず健康で長生きをするためには、要介護になる前の「フレイル(虚弱・老衰)」に陥らないことが大切です。フレイルには、社会的、精神的、身体的の3つ観点があり、社会的な面ではコロナによる閉じこもりがフレイルのきっかけになりました。精神的な面ではうつや認知症があり、身体的な面では低栄養や運動器障害などが挙げられます。そして、これらのフレイルになる前の「プレフレイル」の一つに「オーラルフレイル」という状態があり、これは口腔機能が衰えた状態です。ここに歯と口と健康寿命との関係が見られるんです。

知事:歯と口、つまりオーラルフレイルが身体的なフレイルの兆候だとすれば早期発見が必要ですね。口腔内の治療によって、体を健康な状態に戻せるのでしょうか。

健康寿命の延伸に、オーラルフレイル対策は欠かせない

会長:オーラルフレイルの症状は「むせる」「食べこぼす」「滑舌が悪くなる」といったものです。些細なことのため見逃しやすく気付きにくいのですが、このちょっとしたオーラルフレイルを見逃さず適切な対応をすることで健康寿命は延ばせます。最近では、舌の機能が低下すると2年後にフレイルに陥るという研究結果も報告されていて、普段から舌の運動をすることでフレイルを予防できる可能性が示されています。

知事:では予防が可能であることを、メッセージとしてしっかり発信したほうがいいですね。

会長:はい、知っていただくことは大事です。健康寿命との関わりでは、80歳で20本の歯を残すことを目指す「8020(ハチマルニイマル)運動」が平成元年(1989年)から始まり、平成28年(2016年)には50%以上の方が達成されました。これもメッセージをしっかり伝え、多くの方に認識していただいた結果だと思います。

オーラルフレイルとは何か。言葉を浸透させたい

知事:ところで、私は知事になってからオーラルフレイルという言葉を知りましたが、まだまだ認知度が低いですよね。一般の方にどうやってこの言葉を知っていただくかが課題になっています。

会長:「京都府歯と口の健康づくり推進条例」の改正で、オーラルフレイルという言葉を入れていただいたのもそのためですね。

オーラルフレイルの認知度アップを

知事:平成24年(2012年)12月にこの条例をつくったときは当時のいろいろな社会的背景やニーズがあり、議会の全会一致で制定できました。それまで行政として「きょうと健やか21」や「京都府保健医療計画」をつくって歯科保健対策を行ってきましたが、やはり歯と口の健康に特化した施策が必要だろうという機運になり、条例を制定して「京都府歯と口の健康づくり基本計画」を平成26年(2014年)3月に策定したんです。
さらに昨年(2021年)、条例改正に至り「オーラルフレイル対策」という言葉が条例に入りました。

会長:条例制定から10年近く経った2020年、社会はコロナ禍に見舞われました。コロナ禍で外出を控える方が増え、それまで定期的に受診していた方が歯科医院に来なくなり、しばらくしてから次に診察に来られたときに、むし歯や歯周病などが重症化しているケースが見られるようになったんです。
「マスクで隠れているところは、まあいいか」といった気持ちで、口腔内のケアが行き届かない状況が続けばオーラルフレイルの状態に陥ることもあり、さらに進めば身体的なフレイルにつながります。改正では「オーラルフレイル対策」という言葉の定義が条例に入り、周知を図っていくことになりましたので、改正していただけて良かったです。

知事:2020年1月31日に京都府内で初めて新型コロナウイルス感染者が確認されて、歯科診療の現場で感染が起こったらどうしようかと考えました。ただ歯科医院は元々、きっちりとウイルス感染対策をしている現場だったんですよね。コロナ禍になる以前から歯科の現場では常に、オーラルフレイルをはじめ感染対策など新しい動きをされていたからこその改正です。オーラルフレイルの知名度を上げるためにも、もっとこの条例を活用しないとダメですね。

会長:あとオーラルフレイルは概念的な言葉なので、どういう風に説明するかが問題です。実際にむせる症状といってもちょっとしたことなので、それがオーラルフレイルだとあまり理解されていないと思います。人間って、深刻ではない症状は自覚しにくいものですし、それが予防啓発の難しさにもつながっています。

知事:条例を制定しても皆さんが知っているわけではありませんので、行政だけでなく、関係する皆さんと一緒に条例の中身をどれだけ具体化していくかが肝心です。オーラルフレイルに関しても、もっと症状というか、こういうものだと伝えられるといいのではないでしょうか。

おろそかになりがちな、歯と口の健康診断

会長:オーラルフレイルに自分で気付けなくても、定期的に歯科医院で診てもらっていれば大丈夫です。普段から診ている患者さんのことは「お口の状態が悪くなってきているな」とかよく分かりますから。

知事:やはり定期健診はとても重要なんですね。

会長:今回の条例改正で、従来の歯科検診の「検」を健康の「健」に変えて「歯科健診」にしていただきました。これはむし歯や歯周病の治療を目的にしていた検診から、悪いところを治すだけでなく口腔内の「健康診断」を行うことを意図していて、定期的な歯科健診を広めていこうというものです。

知事:歯科健診を受ける習慣をつくらなければいけないわけですね。

会長:そこでお願いがあります。高校生までは法律によって健診があり、その後は労働安全衛生法に基づく歯科健診が努力義務として行われています。ただ、高校を卒業してから働くまでの間はありません。いまは大学や専門学校などへの進学率が高いものの、その世代の多くの学生が健診を受けていないんです。何とか大学や専門学校などで、歯科健診が受けられる方法を検討していただけないでしょうか。

知事:大学生の世代は、地域とのつながりが薄くなる時期ですよね。居住地と違うところに行くケースも多く、京都がまさにその典型で、府外から来ている学生がたくさんいます。その間、歯科健診が抜けるのはたしかに問題です。
実現させるには、大学などの協力も必要になるでしょう。今回のコロナ禍で分かったことですが、どうやって大学が学生とつながっていくか、オンライン授業をやるためにいろいろ苦労をされたと聞いています。行政もコロナ対応をとおして、大学当局とのつながりがさらに増えました。そのような「つながり」を活かし、歯科健診であれば大学当局が大学生に対して行うようにすればいいのではと思います。学生に直接受診してもらうのは難しいでしょうし、社会人だって労働安全衛生法によって企業がやっているわけですから。
大学当局と行政のつながりがコロナ前よりも緊密になっていることを生かして、歯科健診に対して大学当局に意識を持ってもらえれば実現しそうです。
ただ、いきなり全部の大学で実施してもらうのは大変なので、先進的で健康に問題意識のある大学に取り組んでもらえないか考えます。看護学科があるとか、健康や保健医療に関係のある大学であれば、そういうところでモデル的にやるのもいいと思います。大学生の時期に歯科健診が抜け、そのまま社会人になってしまったら将来どうなるか心配ですし、労働安全衛生法があるといっても、多くはセルフケアの問題なので、定期健診を習慣として定着させたいですね。

健康を保つ、定期的な歯科健診と口腔ケア

会長:生涯にわたって、府民の健康的な暮らしを支えるためには、どんな取り組みが必要でしょうか。

知事:コロナ前であれば当たり前だった、人と人とのふれあいを取り戻すためにベースとなるのが「健康」です。そのためにも、それぞれ個人がきちっと活動できる基盤としての体を持つことが重要であり、生涯健康で暮らすためには、やはり歯と口の健康についてきちっと意識を持っていただかないといけません。だからこそ、オーラルフレイル対策の周知啓発は非常にポイントになると思います。条例などは、口腔ケアの大切さを浸透させていくツールとなるでしょうし、きっと府民の健康づくりの後押しができるでしょう。
また、健診に行かないとか外に出て体を動かすのを控えようとか、そういうことによってかえって健康に対して影響が出ている事例もあります。ぜひとも、受診を控えることがないようにしてもらわないといけません。

会長:歯科医院はコロナが流行する前から感染対策には十分に気を付けて診療を行っているところなので、定期的な歯科健診はもちろん口腔内のケアなど歯科医院で行うプロフェッショナルケアが必要であれば、かかりつけ医のところに行ってもらいたいです。

知事:そうですね。府民の方々には生涯をとおして定期的な歯科健診を受けていていただき、適度な運動をしてもらい、自分で健康を守っていく意識を持っていただくことが日々の豊かな暮らしにつながると思います。

会長:コロナ禍で我々が感じたのは命の大切さです。重症化予防のためにも、特に定期的な歯科健診をすすめます。多くの方にとって歯科健診はやらされている感がありましたが、これからの世の中は、自ら受診する積極的な心がけが重要だと思います。その意識を持って、健康で楽しく人生100年時代を過ごしていただきたいです。

知事:今後とも「あたたかい京都」づくりを目指し、府民の健康のために一緒に頑張ってきましょう。よろしくお願いいたします。

編集後記

安岡会長からの「口腔ケアで気を付けていることは?」という質問に、「今日一番難しい質問ですね」とたじたじの様子の知事。実は若い頃は忙しく、口腔ケアに気を使う時間があまりなかったんだとか。
対談後に「健康はお口から。歯磨きや口腔ケアを一層頑張りますよ!」と笑顔の知事が印象的でした。

カメラセッティング中も
仲良く談笑されるお二人。
カメラマンの「あともう一枚!」に
思わず笑顔に。
撮影当日は天気にも恵まれ、
美しいお庭が引き立ちました。